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ビリギャル☆小林さやかさん 講演会レポート

①

登壇したのは紛れもなくピュアなビリギャルだった

司会者に簡単なプロフィールを紹介され、演壇に立ったのは、髪をポニーテールにした、小柄でスリムなギャルだった。「あれ~、なんかイメージと違うぞ」とポカーンとしていると、第一声から矢継ぎ早に言葉が口から衝いて出る。言葉遣いや言葉のイントネーションはギャル語そのもの。講演者らしからぬタメ口でまくし立て、敬語や丁寧語なんか使わない。ビリギャルと呼ばれる以前の名古屋のギャルが登壇したかのような錯覚に見舞われた。

宣材用のアー写では、ロングヘアを棚引かせる慶応出の才媛といった、どちらかといえば清楚なイメージ。かつて偏差値28の素行不良なビリギャルだった彼女とは言え、慶応大学に現役合格し、ハイソな環境で学園生活を謳歌。新卒で大手ブライダル企業に入社し、その後フリーのウェディングプランナーに転身と、大学入学以降はそこそこエリートな道を歩んできたわけだ。いつまでもビリギャルなはずはない。しかし登壇した講演者は、ビリギャルのままオトナになったような、ギャルっぽさが抜け切らない女性だった。

つまり、彼女、小林さやかさんはビリギャルの頃から何も変わってない。変わってないというのは、成長してないという意味ではない。素のままの自分でいるわけだ。気取りや優越感や劣等感など微塵も持ち合わさず、陋習と化した社会的常識に囚われない、ピュアなこころを持ち続けている女性だった。こんな人、未だかつて会ったことがない。

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包み隠さず語るビリギャル。偏見は粉々に打ち砕かれた

正直に言うと、今回の講演を聴くまで大変な偏見を持っていた。「成績の悪かった子が一躍奮起して、慶応に合格っただけのことだろ。そんなヤツは五万といる」とか、「結局、学歴を助長するだけの話じゃねえか」とか、「いつまでビリギャルで売ってるんだ」とか。とても本人を前にしては言えないネガティブなイメージが先行していた。学歴をひけらかしているようにも見え、「東大ならいざ知らず」といった偏狭な感情がこころの奥底にあったことは紛れもない。また、彼女のホームページやブログなどを拝見し、家族愛、特に母親『ああちゃん』との関係がベッタベタに感じられ、「気持ちわりーな」と思っていた。しかもその『ああちゃん』まで子育て体験記を出版したり、講演したりするに至っては「便乗商法みたいで胡散臭いなあ」と感じていたりもした。

ところが講演を聴いて、そんな偏見は完膚なきまでに打ち砕かれた。今にして思えば、斜に構えた見方しかできなかった自分が情けない。素直になりたいと思っているのに、何にでも濁った目で見ていたことに恥ずかしさを覚える。文字情報だけではその人の人となりは伝わらないことが本当に理解できた。

彼女は自分の半生から家族のことまでありのままに、明け透けに話した。弟がグレてヤンキーのパシリとなり、付き合っていた渋谷系ギャル雑誌『egg』に出てくるような彼女が妊娠。貯金も職も住む場所もないのに結婚したこと。朝起きられず、登校はするが、TV番組『笑っていいとも』を観た後にという、出席日数足らずに明るい不登校と言われた妹。そんな子供たちを決して叱らず、いい面だけを見て育てるダメ親と呼ばれた母親、ああちゃんのこと。そして両親が不仲だったことなど、普通の人なら隠しておきたい凄まじい家族(「呪われた家族」と言われた)を包み隠さず、面白おかしく話すのだ。

隠すことも話を盛ることもしていないのは、彼女の話す態度や、自分の言葉で話していることから察せられた。だからこころが動く。感動する。ありのままを話さなかったら、彼女が言いたいことの半分も伝わらなかったことだろう。

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人の能力を伸ばすのは、心の底から信じてくれる人

彼女は家族やビリギャルだった頃の自分に1ミリの後悔も、恥じも感じていない。なぜなら、何時どんな時でもピュアなこころを貫いてきたから。ではなぜ貫けたのか。それはどんなことがあっても小林さんを信じて支えてくれる深い母親の愛があったからだ。だから、ありのままの自分を受け入れ、家族をありのままに見つめられた。これは尋常なことではない。普通だったら逃げる。過去を亡きものとして忘れ去ろうとすることだろう。

ああちゃんは、「何があっても子供の見方」で、「子供がそこにいるだけでありがたい」と感じ、「こんないい子はいない」と思って子供たちを育てた。意識してそう思おうとしたのではなく、こころの底からそう思っていたのだと言う。ここが凄いところだ。その結果、小林さんは自己肯定感を持つ少女に育った。弟の身代わりとして塾へ面接に行き、自分の話を聞いてくれる母親以外の初めての大人である坪田先生と出会い、先生はキラキラ・ワクワクする世界(「嵐の櫻井翔くんが通う慶応に行けば、イケメンがゴロゴロいそうだ」という期待)に導いた。偏差値は28だったけれど、「慶応だったら行けるんじゃないか」、「「慶応だったら行ってあげてもいいかなあ」と上から目線で思ったそうだ(笑)。自己肯定感がなければ、どても慶応に行くなどと思えないであろう。つまり自己肯定感とは、自分でビジョンを描く力となるわけだ。

「心理学でピグマリオン効果というのがあります。期待を込めれば人は伸びるという効果。心の底から信じてくれる存在は、人の能力を伸ばすらしい」と小林さんは言う。ああちゃんと坪田先生は小林さんにとってぶっといピグマリオン効果の柱だった。ビリギャルの物語は、どんな分野でもいいから自分なりにワクワクするものを見つけて、「やってみなきゃ分かんないっしょ」と飛び込む勇気の話だとも言える。だから決して奇跡の話ではなくて、誰にでも起こり得る話なのだ。しかし、周囲からネガティブな反応しかなければ飛び込む勇気は折れ、偏差値低いからと挑戦しなくなる(ゴーレム効果)。これでは哀しい。

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キラキラ・ワクワクのために。意志ある心に道は開ける

小林さんは自分の実体験に基づき、一人でも多くの子供たちに自己肯定感を持たせられるよう、周囲の大人たちが子供たちのピグマリオン効果の柱となるよう訴えるために講演活動を行っている。決して自分の自慢話や効率の良い受験術を教えるためではない。だから自分の半生や家族のことを包み隠さず話し、自分の母親がいかに育ててくれたのかを話す。一見、盲目の愛や過保護と取られるかもしれないが、そうではない。ああちゃんは常に子供と対話し、子供の心を開き、子供との信頼関係を築いてきたのだ。そうやって意図せずに自己肯定感を植え付けてきた。こうして育った子供が悪の道に染まることは、まずないだろう。

小林さんは言う。「人の心を動かすためには、そこに想いと、それを表現して伝える力と、行動力が必要だし、もっと言うと、誰かを想う力と、感謝できる力と、自分を信じる力と色々必要で、それが全部合わさると、なにか目に見えないパワーがそこに現れて、なにかがちょっとずつ変わっていくし、周りも自然と変わっていくんだ」。小林さんは慶応を謳い文句にしてはいるが、それを決してブランドとして身に纏い、鼻にかけているわけではない。彼女にとって大切なのは、慶応に合格するために死に物狂いで頑張った経験と、一生の財産といえる人たちと出会えた環境だけだ。慶応に合格したことで優越感に浸るような偏狭なこころの持ち主ではない。

将来何をしたいか、どんな職業につきたいか、明確に分かっている人は幸せだ。ほっといても目標に合わせて積極的に努力するだろう。しかし、おそらく9割方の高校生は何をしたいのか分かっていない。社会経験がないのだから、当然といえば当然だろう。だから大学受験というのは、大多数の生徒が将来、キラキラ・ワクワクするための環境を勝ち取るために頑張るという意味で、通過すべき関門なのだろう。そしてその頑張る気持ちを奮い起こさせるのが自己肯定感ということだ。

「意志ある心に道は開ける」というフレーズで小林さんは講演を締め括った。後悔とは、挑戦を諦めたときにだけ起きるもの。たとえ失敗しても、成功するための努力を惜しまずに、最後まで継続したならば決して後悔にはならない。換言すれば、挑戦を諦めることが失敗とも言える。たとえ思い通りの学校に合格できなくても、自分の意思で、死に物狂いで頑張った経験が一生の財産になる。そんなことを改めて思い起こさせてくれた講演だった。

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